だ・か・らっ、Dia“l”yだってばさ!

これは『戯れ言』です。また、“Diary”ではなく“Dialy”です。つまり、日記に似て非なるものです。 所謂『日記』ではありません。お間違えの無いようお願いします。(^^;A

高画素数神話

なんとなく言葉としておかしい気もする。
画素“数”なんだから、高ではなくて多ではないのかな。
多画素数だとなんだか格好悪いから高画素数なのであろうか。
まぁ、TNPもありなんだから高画素数もありでいいか。 www


高画素数神話であるが、原因は二つだろう。
一つは、デジカメ黎明期の画素数不足とその後の画素数増加による高画質化。
黎明期は30万画素程度だったか。
さすがにこれでは少ない、と言うか足りない。
「使えない」などと上から目線でものを言うつもりはないが。
最初のデジカメは、ここのメインページの記事に写真を貼り付けたくて購入した。
せめて800 x 600は欲しい、と言うことで80万画素以上を条件に最も安いのを探した。
結果として、130万画素のOLYMPUS D-340L(だったっけ?)を購入。
(こいつはLUMIX DMC-FX35を購入する際に下取りに出しちゃったけど。)
そのころは持ってたケータイにカメラは付いてなかったし。
だいたい、ケータイほとんど使ってなかったし。;
父親がデジカメを買い換えたのに伴って、FinePix 4700zを貰ってきた。
まぁ、写りはかなり変わった。
素数は240万だが、ハニカム信号処理とやらで記録画素数は432万だそうだ。
撮像素子の画素数より記録画素数を増やせるってのはよさそうな気がするのだが、現状のデジイチ等であまり聞かないので、欠点もあったんだろうね。
それ以上に、縦長のフォルムがなんとも使いづらくてダメだった。
現在では下取り要員に成り下がっている。
そして、LUMIX DMC-FX35、1010万画素。
着実に画素数は増えているけど、どうなんだろ?
D-340Lは、画素数云々ではなく、レンズなのか処理エンジンのせいなのか、なんとも気に入らない画像しか残してくれなかった。
4700zは、上に書いたように、縦長で使いづらい。
FX35はまぁまぁだけど、画素数が増えたからなんだろうか?
いずれにしても、ここまでくるともう画素数はお腹一杯。
ファインダーが無いのが致命的ではあるが、ムービーも撮れるし、小さくて軽いし、記念撮影用に持って歩くのに邪魔にはならない。
壊れるまでコンデジは打ち止めでいいや。


あっ、なんか話がずれちゃった。;
えと、兎に角、時の流れとともに画素数は増え、(たぶん)高画質化してきた(のだろうと思う)。
私自身、ミニコピーを基準にするのは如何なものかとは思うが、画素数はもう一桁や二桁増えてもいいと思っていた。
しかし、同じ面積を持つ撮像素子において、画素数が増えれば増えるほど一画素辺りの面積は減る、と言うことを忘れていた。
同じ技術力を用いた場合、面積の減少は質の低下そのものなのだ。
面積が減れば、入ってくるPhoton数は減る。
単純に言えば、感度が低下する。
感度の低下をプリアンプゲインで補えば、間違いなくノイズは増加する。
(最終的にはPhoton Countingになるのだろうか?)
ノイズを低減する技術が頭打ちになれば、フルサイズを越える撮像素子サイズへと向かうしか有るまい。
しかし、撮像素子もレンズもそして素子を除くBodyも高価格化・大型化するのは避けられない。
ならば、1000万画素程度でもういいや、って感じ。


で、この神話を作ったもう一つの原因。
それは、誰にでも手軽に拡大できてしまうこと。
これが非常に大きい意味を持っているだと思う。
銀塩時代には、一般人はサービスサイズ以外ほとんど目にすることは無かっただろう。
写真屋さんでもっと大きく引き延ばしてもらうのは高価であり、かなり敷居が高かった。
それだって、六つ切りとか四つ切りがいいところだったのでは無かろうか。
半切とか全紙に、しかもトリミングして焼くなんて、ごく一部の限られた人達だけだっただろう。
それが今や、PCを使いさえすれば、等倍はもちろんさらなる拡大もお手軽にできる。
「端っこの○○収差が気に入らない」みたいなことが簡単に確認できてしまうのだ。
でも、プリントするのはたいていはA4程度。
A3プリンタの普及率は決して高くない。
A4程度ならほぼわからないようなことも、等倍以上にすれば肉眼で確認できる。
確認できてしまうと、A4でもわかる(ような気がするだけ?)。
いわゆる「アハ体験」と同様なのかも。
A4とかA3ノビ程度にプリントし、壁に貼ってそれなりの距離から眺めるのが現実。
近寄って一部分を注視するとか、ルーペで拡大するなんてしないでしょ。
わからなければわからないままなのに、等倍以上で確認してしまったがためにきになる。
そして、全体になにか悪いオーラを感じてしまうのかもしれない。
なにごとにつけ、飽くなき追求というのは向上心そのものの発露なのだから悪いことではない。
ユーザーからの要求は需要そのものなので、需要が多ければメーカーは供給することになる。
でも、もういいよ。


フルサイズで1200万画素。
このへんが色んな意味で落としどころなんじゃない?
お願いだからD700の撮像素子使った廉価版だしてよ www